51 MIZUKI・s◆MEER
>>47-50の続き

※2)アイスバーンとなった大地が
交通法を守らぬ無法者を、いよいよもって冥府へと送りさる。という意味。

 しかしそれは、
何処からか拾って来た正義のプレートを掲げることで他者を弾劾し、自己を補完しているにすぎない。
だから次の日には、やはり何処から拾って来た平等のプレートを掲げて行進する。
実に、毒々しい精神である。

なおこれは、2008年過ぎまでつづく。
 2007年初期のブログで安倍首相を愚弄し、2007年の末に道徳警察の設立を説き、
選民によってもたらされる人類の変革と
人間社会の再興を提示しているところからも察しがつこう。

 安倍元首相の名言。
「全ての人が、より高い教育を受けられるよう…」
おぼろげではあるが、ここがまことにカナメとなる。


※3) ミシェル・フーコー 狂気の歴史 である。

http://m.pic.to/uz8bi

 先の狂気に代表されるものが意味するところや導くところを、
はかばかしく認識させるに到る書の内の一つではあったのだが、
当時の私の関心が及ぶところではなかった。


※4)厭世の器、これは言わばインベーダーゲーム。
創造主は、宇宙人 と記されるモノのなかに含まれている。

 こんじきの腕輪、それは金であることと腕輪であることの両面に、それぞれの価値を内包していよう。
それゆえに、不要でありながら人を引き付けるのだ。
此処では、ランボーが持っていたマシンガンの玩具としている。

 香霧の滝はその通りの意味。大いなる花園が、当時、私の脳を蝕んだ。


また、ここに追加として、
(※4)で解説されたこれらは全て、尊ばれてしかるべきものである。
同時に、調和されることで派生し、実をなすものである。

還俗人の中にはこれらを拒む者が多く居る。


>>52に続く
(SH903i/FOMA)