41 MIZUKI・s◆MEER
>>40の続き

(※1 これまでの人生で培って来た断片化された"文化資本"
当然、それだけでは価値を成さない。)


 大人は、社会人は、共に総じて
"自己への要求"を"義務"を、生活の枠に則したものに見出だす。

そしてそれは、
富の連結をもたらし"知徳の同調による価値の創出"を可能にするという。

なかなか、理に適っているだろう?


(社会の理法を基盤としつつ礼節とマナーを最重視し、
"依存と委譲の限界を受け入れる"
(単なる楽しみ物として活用する)ことにより、"真の幸福に触れられる"としている。


 また、上記が真理でないにせよ、
そのように考えて他人を受け入れ、尊重して対話し、支え合って生きて行けたら、
人生はまるっきり変わって素晴らしいものとなるでしょう。という話。
たしかにそれは、真理ではないが逃避とは異なる。)


 でも時に社会は、社会そのものが現実として、
依存と委譲をその理法に組み込ませている場合が数多く実在するようだね(笑)

(それ故に人は
占いを、縁起かつぎを、そして"神なる存在"に惑わかされ、落胆し
時にその矛先を他者へと向ける。
 これぞ、"最上の依存にしてアイデンティティの委譲"

ちなみに上記の(笑)は、そうした彼らを嘲笑っているのではないので注意。
むしろ、見守りの微笑みである。)


 だけど、それはそれで構わないだろう。
そう、私は思うのだ。

(この文章からは、
昔の自分のように他者に自己の念を押し付けて猛り狂うのではなく、
自律した倫理の構成、そして自らを高め社会の中に於いて再生産を行う為の
育て直しを課す方が先なのですよ。という自身への要求が見て取れる。)


おしまい☆


ふぅー。今回は一年のまとめとして自身の観念をとても解りやすく書いてみたつもりだけど、
なんだかリメイクが必要になりそうだ(´・ω・)


 さて、今年も有意義な一年となりましたでしょうか。
なお、わたくしの正月休みは遅く始まるそうなので、ブログの更新は2009年1月17日に以降となるでしょう。

それでは良いお正月を♪
 ( ^ω^)
(SH903i/FOMA)