一草庵


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第二句集(平成十九年以後)

(七月〜九月)

サングラス買へば早速雨が降る
白靴を履き損ねたる曇り空

日本やどこか怪しき梅雨台風
些事ばかり心にかかる五月闇

原子核あそびに有らず百合の花
眠られぬ夏の夜小曲ばかりなる

季節詩を書けずトマトを試食する
夏川の橋風景も変はりけり

律儀なる祇園祭を見てをりぬ
打水に選挙車は容赦なく

天神の祭は一番太鼓から

貴婦人の紫煙の匂ひ夏館
背の高き男の影や夏帽子

片陰に主人眠りて写真館
よく聞けば御堂筋にも蝉時雨

ラムネ玉壊るる音の凄さかな
八月の喪服を飾るものは無し

フロントにシェフの辞表や夏ホテル
避暑客のロビーに集ふ嵐かな

日盛りに人ふたり待つ山の駅
寺町に墓碑さがしあて日の盛り

石造のマリア揺るがず長崎忌
炎天に黒衣の祈り指太き

引退と経ねんごろに盆の僧
くらがりの納屋に入れば蝿叩

いつまでも夏の形を変へぬ雲
十字架を背負ふ炎暑でありにけり

あなどれぬものの一つに夏の風邪
我が老を感じてしまふ夜の秋

秋暑し点滴針に血のこぼる
一日の入院で済みやや涼し

あらためて人を恋ふ日や鰯雲

口笛の音程下げて秋の暮
坂道を引き返したる秋日傘

バレリーナ視線の先に秋の蝶
ぎやまんの工房跡に秋の蝶

爽やかや昨日と同じ椅子なれど
琳派展迷ひ込んだる秋の蝶

秋の空うはの空なる二人かな
秋鯖の味冴えてきて手酌かな

観覧車動かぬ如く秋日和
あきあかね見かけぬ路地や黄昏るヽ
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第二句集(平成十九年以後)

(一月〜三月)

ビロードのくれなゐの椅子去年今年

去年今年ひと粒の麦選びをり
それぞれの人に光や読初す

幼き日思ひ起こせし初雀
初雀けふも変らぬ遊びかな

初夢のさめても里を思ふかな

手毬唄うたひ衝くのは母かしら
頷くは姉の声なり雪女

馬車で行くバウハウス跡凍てつきし
焼栗を包む新聞フランス語

初戎過ぎて浪華の動き出す
寒菊や生田の宮の震災忌

寄席太鼓入つてしまふ寒の雨
寒梅や家族総出の日をしのぶ

冬薔薇見てゐるだけの女の子

本能が覚えてをりし雪の道
ひと回り遅れて雪崩まぬがれし

ふと目覚めネット長者の余寒かな
つかの間に外資の街や猫の恋

恋文を隠し持つたる春ショール
梅ヶ香を封じ込めたる文ひとつ

寄席も出来てんま天神春しぐれ
受験子の母の並ぶや天神社

森を伐り住宅にして豆を撒く
片栗の花に逢ひたし山深く

淡路島にし浦に鳴く千鳥かな
厄塚に納めきれざる事も有り

これからを考えてゐる春隣

雛の間に入れば揺るる絵蝋燭
享保雛かほ楽しとも哀しとも

雛飾る欠け少し有る箪笥かな
雛飾る笛見つからぬままにして

義経や雁風呂といふ浜に
雁風呂に人残されて津軽かな

ビル街に人影遠し春の雪
風と光ともに強くて春の雪
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第二句集(平成十九年以後)

(四月〜六月)

罪と罰またこしらへる四月馬鹿
麗らかや人の痛みと苦しみと    

桃の花やど引き払ふ波止場かな
踊子の遠き目をする桃の花

花の雨レクイエムならフォーレかな
ソプラノの独唱かなし花の冷

親王の花と伝へて花の雨
愁ひとは違ふものなる花疲

見納めと思へば風や初桜
それとなく別れを告げる花篝

川岸に主となりたる八重桜
八重桜その先に有る泉布観

浮世絵を見つめてゐても春うれひ
杣道を伝うて薄染桜かな

旅心しきりに起こり花は葉に
蕉風の字は読めずして日の永し

匂ふのみ辛夷の花と判る径
姫辛夷どこかで咲いてゐたやうな

村の名は常に変はりて亀の鳴く
亀鳴くやダムに沈みし村多く

牛追うて旅にしあれば日の永し
闘牛や伊達の家紋もくつきりと

思ひ出の中に沈めて花衣
ふらここや昔の事はさて置いて

生きる気をふるひ立たせて更衣
夏わらび国分寺跡と知らざりし

国亡び国また興り木瓜の花
春去りぬ諦めとまた哀しみに

円形の石畳踏む木下闇
藤棚の下の笑窪を思ひ出す

つば広きものを選びて夏帽子
紅白のつつじ光と渡り会ふ

訪問者まづ春蝉の事を言ふ
梔子の花に始まる異人坂

見にいかな雨の菖蒲の咲く内に
雨粒を弾く菖蒲の強さかな

五月雨やラムプ明るき家になる
一日に四五本のバス柿若葉

春の雨とぢ込められし天満かな
暮方や谷町筋の春の雨

我が顔を忘れし母や桐の花
句日記が介護日誌に麦の秋

麦の秋その奥にある平家村
端正な指揮を偲びて明け易き

夏至の日の少年ひとりボール蹴る
夜の汗にウインブルドンを見てしまふ

見回りの遅き帰りも出水かな
梅雨明けてまだ曇りたる隅田川

原罪は確かに有りし梅雨教会
へび苺ころがつてゐる罪の原

意のままに成らぬが梅雨の佳きところ
病葉をうつくしと見る大都会

大川やヽ濁りたる樟若葉
雨上りなほ中之島夏霞

憂ひ濃き日本のこころ夏薊
これやこのまだ年半ば蝉丸忌
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第二句集(平成十九年以後)

(十月〜十二月)

国籍は問はず松茸ソテーする
路地裏に風の道あり女郎花

さはやかに蹄の音の軽さかな
鹿火守ぺルーの人で在りしかな

行進の曲ひびきけり運動会
運動会インフルエンザの流行る前

台風の過ぎてまた来る気配かな
秋晴の望めぬ空やビルの街

骨拾ふ壷に一輪コスモスを
告別の径は思ひ出秋桜

敬老の日に父祖の地を売りにけり
虫の声聞く神社あり大都会

本売りてまた本を買ふ虫の声
パソコンも三台目なる秋の雨

紅葉して行方わからぬ尼の寺
炉話に打ち消す恋も有りにけり

樹の影を捜してゐるや小六月
天神の淡き筆跡小六月

山路来て湯の街やはり落葉宿
湯煙の色を変へたる時雨かな

この道や帰ること無き秋遍路
いつまでも喋る女やしぐれ宿

夕暮の寂しき時は小鳥来よ
色鳥のまた近づきぬ手風琴

天神も稲荷も小春日和かな

木枯に鼠小僧の話かな
盗賊の墓の円さよ冬ざるる

子供らは線ばかり描く冬木かな
泣きぬれて着膨れてまだ家を出ず

江戸絵図も枕辺に置き冬支度
陰暦の本放されず冬に入る

本店も閉めたままなり冬ざるる
所在なく胡桃を割りて気の紛れ

旅人の姿のままのクリスマス
闇汁や今日も仮寝の宿にゐて

園長は博士に扮し聖夜劇
ユダの出ぬ聖夜の劇のありしかな

忘年会断る文字の悴みて

棺に泣く灯はうつすらと寒さかな
寒菊の白きばかりが亡母らしく

狐火に霧の深きや上州路
夢さめて伊香保の宿の懐手

去る日々を拾ひ集めて冬帽子
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三月句

大石忌いち力茶屋の匂ひかな
抹茶など供されてゐる大石忌

吉良殿をしみじみ偲ぶ大石忌

ふるさとの家の址(あと)かも菫咲く
誕生日忘れてをりし土筆摘む

吊り橋は平家を伝へ山笑ふ
山笑ふ沼津の宿のせせらぎに

春の土噛めば甘さの残りけり
春の土むかし牛舎の有りし哉

春の雪ふれば地下にて人と逢ふ
暖かやグラス二つのロゼワイン

音の無き東京駅や春の雪
大磯も今は変はりし西行忌

うかうかと余寒の町に出たりけり
お水取走るは若き僧ばかり

手の中にほぐれてゆきぬ春の土
少しだけうらやむことも猫の恋

人の世や古き雛(ひひな)の生き延びる
古ひヽな時に妖しき眼の光り

いつまでも置きたき雛を流しけり
流しびな髪ほぐれつヽ消えし海

雛飾り女系家族の末おもふ
土雛の一対ありぬ句会場

金沢の菓子の包みも紙の雛

飲み散らし帰つてしまふ雛の客
雛納む心はすでにさめてをり

春の宵ゆらめいてゐる絵蝋燭

フルートの光まばゆき弥生かな
毛糸玉ころがつてゐるサンルーム

我信徒たりし昔や目刺焼く
ミサの中なほ春雷の響きをり

薔薇の芽の白さの中に華やげる
ものの芽に十字ゆつくり修道女

うつくしき人の躊躇や春の雨
春雨や今は使はぬ蛇の目傘

夕東風に待帆の浦でマッチ擦る
強東風に黄色の街となりにけり

花ミモザ朝の珈琲濃く炒れる
フィレンツェの宿恋ひしかり花ミモザ

春風にパリの街路を迷ひけり

船旅のデッキテニスや涅槃西風
涅槃西風わたしの耳は父似かな

ふと柔な風と思へば地虫かな
蛇穴を中途半端に出てしまふ

足元を脅かすのも雉の性(さが)
春泥に洗濯もののひるがへる

草摘んで籠の重たき乙女たち
土筆摘む心は母の厨かな

母子草むかしここらで遊びたり

春泥にまみれし猫の帰りくる
しきつめた小石の間にも苴蓿(クローバ)

鳥曇さほど病は重くなく
大阪やいつの間にやら鳥帰る

生玉(いくたま)は坂多き町夕霞
遊女塚伝説と知る彼岸かな

大寺の梵鐘しみる春の泥
白椿落ちし庭なり経続く

美しく活けある椿ふいに落つ

落椿ひろへる尼の京訛
大寺に降りては融ける春の雪

目刺焼く今夜が最後の下宿人
目刺焼く煙の所為にする涙

不可思議な経に始まる涅槃かな
涅槃絵を好きになれずに今も猶

かぎろひてジョギングの人遠ざかる
卒業子ちらほら集ふ花壇かな

陽炎うて安徳帝の御在所かな
鳥ぐもり五条橋行く棺かな

旅人は北に向へり鴨帰る
紫の光の中へ雁帰る
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二月句

冴返るこの惑星の未来かな
葛飾の野のありし頃おぼろ月

冴返る市松服のピエロかな
サーカスの小屋青々と冴返る

ふきのたうふいと切れたる長電話
淡雪やロダンの像に立ち止る

早春の朝刊ほのと匂ひけり

絵踏みせし銅版のみの残る島
オラッショを伝承したる島の春

磯かまど見知つた海女は居なくなり
海苔届く古き迷路の磯辺より

木曾殿に似たる御人や風花す
中仙道まがりて偲ぶ義仲忌
比良八講ふみどころ無き土の冷え

約束の日は計られず春浅し
訃報つぎ二月は寒き事ばかり

凍てゆるみ蝶の躯(むくろ)の一つ有り
早春の森の木橋を渡る時

坂道の多き寺なり春浅し
春風邪に追悼の辞を読みきれず

梅遅速幼な子渡る太鼓橋
紅梅の下に気づきし笑窪かな

薫れども人多くして梅見茶屋
紅梅の林を抜けて一人かな

白梅は志野の面影あるやうな
才麿の句集ひもとき梅匂ふ

子規の書や漱石の書や鳴雪忌
梅匂ひ道真公の謎とけぬ

梅散るやあくまで青き伊豆の海

ふるさとの墓地改葬す春浅し
鶯の声ととのはねど美しき
 
合併の決まりし村に春時雨
村人は濡れて行くまゝ春時雨

こんにちは子供が通る下萌えて
下萌えて短き足の犬が行く

麦踏みて向うに見ゆる安國寺

軽音部ガラス戸越しにクロッカス
陽あたれば微笑み返すクロッカス

やうやくに細魚(さより)の見えし須磨の海
若布ぶね鎌先鈍き女人たち

若布干すをんな陽気で有りにけり
針供養をのこは神官ばかりなる

残雪に隠れてをりし道標

ゆつくりと水車の回り春浅し
酒蔵の片隅にゐて春寒し

早春や踊り子ついと振りかへる
早春の樹肌やはらか四重奏

早春の口笛乾きたる音色
駄菓子屋は踏切あたり春の泥

冴返りネクタイのいろ赤とする
春節の色彩のなか粥を食ふ

春の風邪眼病み女の美しき
また起きて書きものをする春の風邪

古ぼけたマンドリン抱き旅の春
地中海見下ろしてゐる春の墓地

飛騨のやま雪間も見えず茜色
残雪や友に小さきケルン積む

アルプスの残雪映えて城の屋根
如月の光の中の別れかな

加茂川の流れ変らず春浅し
春しぐれ北山杉もやはらかに

春浅き一万石の陣屋かな
恋猫の巡るばかりの野坡(やば)の塚

遊郭の跡と確かむ猫柳
竜泉寺見て帰りみち猫柳
桜鍋ここらあたりが衣紋坂

山宿でさびさびと聞く雪解川
白魚を売る松江橋たもと哉

鶯のこゑの日毎に朗々と
黙々と木の実を植ゑる人は母

初午や小さき京の路地なれど
薄氷にマンションひとつ浮かべたる

南座や二の替とは知らで行く
二の替口説変らぬ藤十郎

春しぐれ母も老いたり寄席帰り

立春やプラン多くてまとまらず
二ン月の二日足らずに苦しめる

退職の噂ちらほら二月かな
振り向けば光の中の犬ふぐり
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一月句

追悼句指折り数ふ去年今年
去年今年秒針停止不可粛々

何もかも踏みわけて行く去年今年
去年今年こころの底の糸車

アルバムの整理をしつつ去年今年
港町窓に響くや去年今年

赤富士の絵に始まれる初暦
惑星に生きねばならぬ寒椿

乗初やウィンナワルツ聴きながら
乗初の切符どこにも見付からず
新駅にとまどふことも初詣

寒紅に沈黙したる男衆
羽子板の相手の無くて寝る娘

春を待つ心で引ける御籤かな
春着きて少し緊張したる顔

初雀けふも変はらぬ遊びかな
近松の汲みし若水かも知れず

初夢は大漁らしき旗の数
初夢や船頭となり利根わたる

追羽根の羽根うしなひし昔かな
手毬唄赤き小袖の右ひだり

繭玉を売る店先の由来書

双六の片道のみを疑へり
書写(しょしゃ)よりの風つめたけれ凧を上ぐ

手品して遊ぶ三日となりにけり
鶏雑煮好きな上方男かな

初夢や整数論の未だ解けず
若菜つむ少年の目で在りしかな

松の内この気怠さを何とせむ
いたづらに斬つてしまひし寒椿

竹馬の巧みを知りし幼き日
竹馬は路地の人には嫌はれて

六甲を硝子戸越に読み初む
序の舞もどこかしびれる寒の内

土中をうるほしてゐる寒の雨
豪邸の奥に有るらし冬桜

長谷よりも初瀬の似合ふ寒牡丹
素足なる僧の身軽さ寒牡丹

初瀬川とはの別れの寒牡丹

初旅や急流の有る城下町
初旅や賢さうなる村子供

一日の短く感じ残り福
福笹の少し重たき帰り道

裏側も混み合うてゐる初戎

宇治橋を一人二人と寒の月
初弁天ふと虹かヽる竹生島

どやどやと四天王寺の初参
叶ふ夢かなはぬ絵馬や初天神

初大師はじめて来たる東寺かな
初大師東寺の上の雲白し

奥飛騨の検察庁をしのぶ雪

大雪や但馬への旅はばまれぬ
雪だるまつれぬほどの降りといふ

一茶言ふ五尺どころの雪で無く
雪の朝シュバルトバルト懐かしむ

かまくらは水を祈(まつ)りて紅の濃し
寒灯に古き時計の響きをり

風花の華かんざしの行商人

凍蝶の越ゆること無き海の峡(かい)
凍蝶をなぜに触れるか吾子の手よ

針穴の易々とほり日脚伸ぶ
花束を買ふ余裕有り日脚伸ぶ

湯上りに黄水仙あり坪の庭
室咲の温室の香がまだ抜けぬ

つややかな人の逝きたり野水仙
羽子板の市に買ひしをその侭に

淡路から水仙売のやつて来し
法事の日にぎやかなれど風花す

和菓子屋の品かはりたる春隣
釣り人の荷物の軽き春隣

寒明けて俄かに忙し税の日々
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