一草庵

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管理者
三月句

大石忌いち力茶屋の匂ひかな
抹茶など供されてゐる大石忌

吉良殿をしみじみ偲ぶ大石忌

ふるさとの家の址(あと)かも菫咲く
誕生日忘れてをりし土筆摘む

吊り橋は平家を伝へ山笑ふ
山笑ふ沼津の宿のせせらぎに

春の土噛めば甘さの残りけり
春の土むかし牛舎の有りし哉

春の雪ふれば地下にて人と逢ふ
暖かやグラス二つのロゼワイン

音の無き東京駅や春の雪
大磯も今は変はりし西行忌

うかうかと余寒の町に出たりけり
お水取走るは若き僧ばかり

手の中にほぐれてゆきぬ春の土
少しだけうらやむことも猫の恋

人の世や古き雛(ひひな)の生き延びる
古ひヽな時に妖しき眼の光り

いつまでも置きたき雛を流しけり
流しびな髪ほぐれつヽ消えし海

雛飾り女系家族の末おもふ
土雛の一対ありぬ句会場

金沢の菓子の包みも紙の雛

飲み散らし帰つてしまふ雛の客
雛納む心はすでにさめてをり

春の宵ゆらめいてゐる絵蝋燭

フルートの光まばゆき弥生かな
毛糸玉ころがつてゐるサンルーム

我信徒たりし昔や目刺焼く
ミサの中なほ春雷の響きをり

薔薇の芽の白さの中に華やげる
ものの芽に十字ゆつくり修道女

うつくしき人の躊躇や春の雨
春雨や今は使はぬ蛇の目傘

夕東風に待帆の浦でマッチ擦る
強東風に黄色の街となりにけり

花ミモザ朝の珈琲濃く炒れる
フィレンツェの宿恋ひしかり花ミモザ

春風にパリの街路を迷ひけり

船旅のデッキテニスや涅槃西風
涅槃西風わたしの耳は父似かな

ふと柔な風と思へば地虫かな
蛇穴を中途半端に出てしまふ

足元を脅かすのも雉の性(さが)
春泥に洗濯もののひるがへる

草摘んで籠の重たき乙女たち
土筆摘む心は母の厨かな

母子草むかしここらで遊びたり

春泥にまみれし猫の帰りくる
しきつめた小石の間にも苴蓿(クローバ)

鳥曇さほど病は重くなく
大阪やいつの間にやら鳥帰る

生玉(いくたま)は坂多き町夕霞
遊女塚伝説と知る彼岸かな

大寺の梵鐘しみる春の泥
白椿落ちし庭なり経続く

美しく活けある椿ふいに落つ

落椿ひろへる尼の京訛
大寺に降りては融ける春の雪

目刺焼く今夜が最後の下宿人
目刺焼く煙の所為にする涙

不可思議な経に始まる涅槃かな
涅槃絵を好きになれずに今も猶

かぎろひてジョギングの人遠ざかる
卒業子ちらほら集ふ花壇かな

陽炎うて安徳帝の御在所かな
鳥ぐもり五条橋行く棺かな

旅人は北に向へり鴨帰る
紫の光の中へ雁帰る
管理者
二月句

冴返るこの惑星の未来かな
葛飾の野のありし頃おぼろ月

冴返る市松服のピエロかな
サーカスの小屋青々と冴返る

ふきのたうふいと切れたる長電話
淡雪やロダンの像に立ち止る

早春の朝刊ほのと匂ひけり

絵踏みせし銅版のみの残る島
オラッショを伝承したる島の春

磯かまど見知つた海女は居なくなり
海苔届く古き迷路の磯辺より

木曾殿に似たる御人や風花す
中仙道まがりて偲ぶ義仲忌
比良八講ふみどころ無き土の冷え

約束の日は計られず春浅し
訃報つぎ二月は寒き事ばかり

凍てゆるみ蝶の躯(むくろ)の一つ有り
早春の森の木橋を渡る時

坂道の多き寺なり春浅し
春風邪に追悼の辞を読みきれず

梅遅速幼な子渡る太鼓橋
紅梅の下に気づきし笑窪かな

薫れども人多くして梅見茶屋
紅梅の林を抜けて一人かな

白梅は志野の面影あるやうな
才麿の句集ひもとき梅匂ふ

子規の書や漱石の書や鳴雪忌
梅匂ひ道真公の謎とけぬ

梅散るやあくまで青き伊豆の海

ふるさとの墓地改葬す春浅し
鶯の声ととのはねど美しき
 
合併の決まりし村に春時雨
村人は濡れて行くまゝ春時雨

こんにちは子供が通る下萌えて
下萌えて短き足の犬が行く

麦踏みて向うに見ゆる安國寺

軽音部ガラス戸越しにクロッカス
陽あたれば微笑み返すクロッカス

やうやくに細魚(さより)の見えし須磨の海
若布ぶね鎌先鈍き女人たち

若布干すをんな陽気で有りにけり
針供養をのこは神官ばかりなる

残雪に隠れてをりし道標

ゆつくりと水車の回り春浅し
酒蔵の片隅にゐて春寒し

早春や踊り子ついと振りかへる
早春の樹肌やはらか四重奏

早春の口笛乾きたる音色
駄菓子屋は踏切あたり春の泥

冴返りネクタイのいろ赤とする
春節の色彩のなか粥を食ふ

春の風邪眼病み女の美しき
また起きて書きものをする春の風邪

古ぼけたマンドリン抱き旅の春
地中海見下ろしてゐる春の墓地

飛騨のやま雪間も見えず茜色
残雪や友に小さきケルン積む

アルプスの残雪映えて城の屋根
如月の光の中の別れかな

加茂川の流れ変らず春浅し
春しぐれ北山杉もやはらかに

春浅き一万石の陣屋かな
恋猫の巡るばかりの野坡(やば)の塚

遊郭の跡と確かむ猫柳
竜泉寺見て帰りみち猫柳
桜鍋ここらあたりが衣紋坂

山宿でさびさびと聞く雪解川
白魚を売る松江橋たもと哉

鶯のこゑの日毎に朗々と
黙々と木の実を植ゑる人は母

初午や小さき京の路地なれど
薄氷にマンションひとつ浮かべたる

南座や二の替とは知らで行く
二の替口説変らぬ藤十郎

春しぐれ母も老いたり寄席帰り

立春やプラン多くてまとまらず
二ン月の二日足らずに苦しめる

退職の噂ちらほら二月かな
振り向けば光の中の犬ふぐり
管理者
一月句

追悼句指折り数ふ去年今年
去年今年秒針停止不可粛々

何もかも踏みわけて行く去年今年
去年今年こころの底の糸車

アルバムの整理をしつつ去年今年
港町窓に響くや去年今年

赤富士の絵に始まれる初暦
惑星に生きねばならぬ寒椿

乗初やウィンナワルツ聴きながら
乗初の切符どこにも見付からず
新駅にとまどふことも初詣

寒紅に沈黙したる男衆
羽子板の相手の無くて寝る娘

春を待つ心で引ける御籤かな
春着きて少し緊張したる顔

初雀けふも変はらぬ遊びかな
近松の汲みし若水かも知れず

初夢は大漁らしき旗の数
初夢や船頭となり利根わたる

追羽根の羽根うしなひし昔かな
手毬唄赤き小袖の右ひだり

繭玉を売る店先の由来書

双六の片道のみを疑へり
書写(しょしゃ)よりの風つめたけれ凧を上ぐ

手品して遊ぶ三日となりにけり
鶏雑煮好きな上方男かな

初夢や整数論の未だ解けず
若菜つむ少年の目で在りしかな

松の内この気怠さを何とせむ
いたづらに斬つてしまひし寒椿

竹馬の巧みを知りし幼き日
竹馬は路地の人には嫌はれて

六甲を硝子戸越に読み初む
序の舞もどこかしびれる寒の内

土中をうるほしてゐる寒の雨
豪邸の奥に有るらし冬桜

長谷よりも初瀬の似合ふ寒牡丹
素足なる僧の身軽さ寒牡丹

初瀬川とはの別れの寒牡丹

初旅や急流の有る城下町
初旅や賢さうなる村子供

一日の短く感じ残り福
福笹の少し重たき帰り道

裏側も混み合うてゐる初戎

宇治橋を一人二人と寒の月
初弁天ふと虹かヽる竹生島

どやどやと四天王寺の初参
叶ふ夢かなはぬ絵馬や初天神

初大師はじめて来たる東寺かな
初大師東寺の上の雲白し

奥飛騨の検察庁をしのぶ雪

大雪や但馬への旅はばまれぬ
雪だるまつれぬほどの降りといふ

一茶言ふ五尺どころの雪で無く
雪の朝シュバルトバルト懐かしむ

かまくらは水を祈(まつ)りて紅の濃し
寒灯に古き時計の響きをり

風花の華かんざしの行商人

凍蝶の越ゆること無き海の峡(かい)
凍蝶をなぜに触れるか吾子の手よ

針穴の易々とほり日脚伸ぶ
花束を買ふ余裕有り日脚伸ぶ

湯上りに黄水仙あり坪の庭
室咲の温室の香がまだ抜けぬ

つややかな人の逝きたり野水仙
羽子板の市に買ひしをその侭に

淡路から水仙売のやつて来し
法事の日にぎやかなれど風花す

和菓子屋の品かはりたる春隣
釣り人の荷物の軽き春隣

寒明けて俄かに忙し税の日々
管理者
十二月句

顛末の板書の文字の寒さかな
問ひ掛けを置き去りにして冬座敷

花魁の爪に垢ある年の暮
ほのぼのと夜の明けそめし賃餅屋

鴨をらず店を閉めたり湖北宿
おでん酒おぼろに唄ふ第九かな

長葱の白きを買うて蕪村の忌
葱を切るしぐさも慣れて異邦人

風が吹きまた風が吹き冬木かな
どこからも大山見える冬の宿

狸汁かこみて笑ふ密売人
横顔に少し傷有る牡蠣打女(かきうちめ)

とりあへず生きるつもりの日記買ふ
冬草に命の色を貰ひけり

枯野行く列車の煙なつかしき
尼寺を尋ねて行くや枯野なか

水鳥の動けば揺るヽ日の翳り
水鳥や日差し求めて二羽走る

留守番の少女ひとりの焼芋屋
黒光りするストーヴを捨てられず

袖口にチョークの跡や日短か
家族無き女教師のくさめかな

繰り返すポルカの店や師走めく
洋菓子屋みな売りきれて冬木立

枯芝の広がつてゐる美術館
枯芝やプールの水は抜いてあり

枯芝のひろがる庭に富士遠し

冬蝶を空の青さに見失ふ
ボストンの赤煉瓦街山眠る

虎落(もがり)笛モンマルトルにも吹いてゐし
フォアグラやトリュフも出てはくさめせず

うす曇りロンドンのそら漱石忌
狐火やスコットランドの霧深し

升(のぼ)さんと言ふ声聞ゆ漱石忌
虚子が又電信放つ漱石忌

医師ひとり孤独に耐えて山眠る
日向ぼこ背ナの薄さに見ゆるもの

定まらぬ日和の中の師走かな
初雪に釦うしなふ月曜日

葎枯れぽつりと見えし一軒家
枯菊をその侭にして侘び住まふ

いぢ悪な次女が尾を踏む竈猫
竈猫をんな主人の言ふままに

枯菊をそのまま残す寺ひとつ
京の路地声も師走となつてきし

古寺に障子職人らしき人

月島や残れる路地の年用意
この路地に住み二十年虎落笛

日短か小石を投げる須磨の浦
舞ひ上がる風はま冬の独り言

江戸からの人棲みてゐる冬座敷
無住寺や村人つかふ冬座敷

息白し携帯電話早口で
短日や御堂筋には人の列

曽根崎や句会も兼ねて年忘

手袋のま白き少女ハンドベル
クリスマス貧しき家にも灯りけり

古暦絵だけを残すことも有り
冬眠と言ひて碁を打つ怠け癖

山眠る右から左大文字
南座のあたりにも有る聖樹

顔見世に待ち合す場の灯の乏し
顔見世で二人の顔を見られたる

短日の西鶴の碑や寺通
近松忌近くて遠き文楽座

古文書をひろげて狭き冬座敷
何もかも中途半端や年暮るる

手袋を脱がぬロシアの別れかな
十二月やはらかき手の別れかな
管理者
十一月句

針替へて冬に入りたる蓄音機
ブラームスのピアノソナタや冬に入る

やはらかな風に尖りし落葉散る
図書館の灯の消されつつ落葉踏む

ヴァイオリンソナタの更ける落葉の夜

柊(ひいらぎ)のこぼるヽ花に無口なり
花柊匂へば記念写真かな

落葉焚すこし残れる花の色
ここよりは京へ三里と落葉径

冬めきぬ運河の橋に灯点れば

石蕗の花暮れ残りたる城の町
一村の身構へてゐる熊注意

人の世に争ひ絶えず炉を開く
炉開きの日は決めずとも晴れた日に

山茶花を大事に剪りて茶会かな
山茶花の散るも散らぬも風まかせ
山茶花や早やこの庭も暮れかかる

木枯に余呉湖の碧(みどり)深まりぬ
木枯や伊吹の里も色づきて
木枯に山道くだる賤ヶ岳

猿沢の池を眺めて日短か
鹿の声ひとをも恋うて鳴く夜かな

秀長の見果てぬ夢や初時雨
ひと気無き柳生の里の冬紅葉

朝寒や閉めた侭なる奈良格子
裏町や木枯にまた墨匂ふ
熟し柿みやげに買うて元興寺

里の女の守り伝へて亥の子餅
亥の子餅くばる少女の赤き頬

立冬に古き銀貨のこぼれけり
立冬を木彫のマリア見て過す

木枯に少女は軍人めきて立つ
木枯に人形劇の仕度など

風除や空の低さに日本海
みなと町酢茎を売りて朝の市
城下町行商人の秋日和

里人の言葉短き冬日和
桜島けむり変はらぬ冬日和

落葉踏み平家の墓のたそがるる
安徳をまつる阿弥陀寺落葉降る

初冬や湖畔のホテル椅子ひとつ
シャガールのポスターあせししぐれ宿

茶の花や障子の影に動くもの
悩み事うちあけず過ぎ帰り花

知る人の顔ちらつきて花八手
しのばるる娘も三十か花八手

初しぐれエアーポートの立ち話し
時雨るるや別れを告げるエアポート

小春日や人も車も淀屋橋
枯葉舞ひ公会堂の落成す
初冬に聖堂尖る青き空

帰り花かへらぬ人を思ふとき
ジャズピアノのみ響きをる冬酒場

七五三姉らしきあり妹も
秋日和少し変はりし母校訪ふ

冬晴の雲うごかずに有りにけり
切干の唄なつかしき頃となる

芭蕉忌や恩師の笑顔ふと浮かぶ

石蕗咲いてここを棲家と定めたる
裏木戸を閉めて明るき石蕗の花

祖母がまた一つ見つけし帰り花
猫たちも屋根にひそみぬ初時雨

勤労を感謝する日と言はれても
交番に財布を届け冬ぬくし

荷を解けば書類に混じる木の葉髪
北窓を塞ぎ仏間に眠りけり

人混まぬ寺を探しぬ冬紅葉
梵鐘の谺してゐる冬紅葉

冬晴や得度の僧の眉太き
老鷲を見る学僧の眼の優し

敗訴して後は小春に身を任す