2 キー坊◆Uaaa
ゲームは少年の夢たりえるのか

いきなり大層な見出しだが。
「桜坂消防隊」をやっていて思うことがある。
このゲームをして、消防士を目指す子供はいるのだろうか、と。
このゲーム、取って付けたようなストーリーで、特に感動したりなどはしなかったが、作品から消防士という存在の偉大さ、素晴らしさを感じることができる。このゲームで消防士を志す人がいてもおかしくない。むしろ、ごく自然な感情だと思う。
だが、ゲームをきっかけに消防士を目指すのは、些か違和感を覚える。
(W32SA/au)
3 キー坊◆Uaaa
映画や小説などの影響で消防士を志すのは、動機として至極真っ当で誰からも理解を得やすいだろう。
しかし、ゲームならばどうか。
ただのオタクにしか見られないか、最悪「ゲームみたいに簡単だと思っているのではないか」と、人格すら否定されかねない。そこには「所詮はゲーム」という感情があるからだろう。
実際、俺だってそんな人がいたら引くかも。
しかしゲームを作った人達にとっては、最高の喜び、そして理想であるに違いない。
それだけゲームが人の想いに影響を与えたのだから。
(W32SA/au)
4 キー坊◆Uaaa
MGS3をプレイして、泣きはしなかったが、俺は今までにない感動を覚えた。もちろん、泣いたという人もいるだろう。
しかし、ゲームで泣いた人を嘲笑し、馬鹿にする人もいるはずだ。
ただの作り物、所詮はCGだと。
俺はそれが解せない。
たとえ嘘っぱち、ご都合主義のお話であっても、そこから得た感動は本物だからだ。
所詮ゲームはゲーム、ただの嗜好品でしかないのか。
それとも映画や小説のように、娯楽を超えて芸術に昇華できるのか。
別に、ゲームはそんな高尚なものになって欲しいとは思わない。
だがゲーム好きとして、ゲームを軽んじている人達に「ゲームってこんなに素晴らしいんだぜ!」と、胸を張って言える存在であって欲しい。
そんなことを思った。
(W32SA/au)